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幅広い商品が値上がりするインフレの懸念が世界的に強まっている。背景には石油や天然ガスといった資源エネルギー価格の上昇がある。新型コロナウイルス禍での生産活動の制約や傷ついた経済の急回復による需給バランスの崩れが資源高の主な要因だが、脱炭素化への対応がコストを押し上げるなどして価格上昇を招く「グリーンフレーション」と呼ばれる現象の可能性も指摘されている。
米大統領も警戒感
「インフレは米国人の懐を傷つける。この傾向を是正することが私の最重要課題だ」
バイデン米大統領は11月10日、こんな声明を出して物価上昇への警戒感をあらわにした。
同日発表された10月の米消費者物価指数(CPI)は前年同月比で6・2%上昇。上げ幅は30年11カ月ぶりの大きさとなった。米政府は今後、エネルギー価格抑制などに努め、物価の引き下げを目指す方針だ。
物価が上昇しているのは米国だけではない。ユーロ圏19カ国の10月の消費者物価指数(HICP)改定値も前年同月から4・1%上がり、13年3カ月ぶりの上げ幅を記録した。背景にあるのが資源高だ。
原油価格の指標である米国産標準油種(WTI)原油先物は、昨年4月以降、右肩上がりで上昇。直近こそ新型コロナの新たな変異株への警戒で大きく値下がりする場面もみられたが、高い水準が続いている。
資源は軒並み値上がり
欧州の天然ガス価格も上がっている。年初に1メガワット時あたり約20ユーロだった指標のオランダTTF先物価格は、10月上旬に過去最高値となる150ユーロを突破した。このほか、銅や石炭といった他の資源も軒並み値上がりしている。
「最大の理由はコロナ禍からの経済回復だが、(温室効果ガス排出を実質ゼロにする)カーボンニュートラルへの取り組みも要因として働いている」
石油化学メーカーなどが加盟する石油化学工業協会の松下敬副会長(出光興産副社長)はこう指摘し、最近の資源高の流れにはグリーンフレーションの側面があるとの見方を示す。
グリーンフレーションは「インフレーション(物価上昇)」と気候変動対策を意味する「グリーン」を組み合わせた造語だ。
脱炭素への取り組みを加速する国際的な潮流の影響で化石燃料への投資が抑制されるなどした結果、供給が絞られたり、石炭や石油に比べて二酸化炭素(CO2)の排出量が少ない天然ガスへのニーズが増え、調達コストが上がったりしてエネルギー価格が押し上げられる。あるいは、火力発電に比べて多くの配線が必要な太陽光や風力発電の導入の拡大で、銅などの金属価格が高騰する現象などがグリーンフレーションとされる。
インフレは、活発な経済活動で需要が供給を上回ることで起こる場合もあれば、人件費などのコスト上昇が要因となる場合もある。コロナ禍からの経済回復が理由なら前者に当たり、いずれ需給が均衡することが見込まれるため、悲観的になる必要はない。
だが、脱炭素化の影響が強ければ、景気改善を伴わない「悪いインフレ(コストプッシュインフレ)」をもたらす恐れがある。それどころか1970年代のオイルショック直後のように、景気停滞と物価上昇が併存する「スタグフレーション」に突入する可能性も否めない。
今のところ日本の物価上昇は、10月のCPI(生鮮食品を除く)が前年同月比0・1%の伸びと、ほぼ横ばいにとどまっている。ただ、企業同士の取引動向を示す国内企業物価指数は10月に8・0%上昇し、40年9カ月ぶりの伸び率を記録。輸入に頼る資源高の影響が顕在化しており、楽観はできない。
円安の悪影響懸念
特に注視する必要があるのが円安だ。低金利の円を売って、経済回復が進み金利が上昇基調のドルを買う動きが進行し、外国為替市場の円相場は23日、1ドル=115円台と4年8カ月ぶりの円安水準をつけた。円安は輸出企業の収益を押し上げるが、海外生産が進んだ今の恩恵は限定的で、むしろ原材料の輸入コストの増加の悪影響が懸念される。
日本では、原材料の価格が上がっても、所得が増えず消費が力強さを欠く状況が続く中、企業が価格転嫁を控えてきた面がある。しかし、グリーンフレーションは産業革命以来の社会経済変化といわれる脱炭素化によるものだけに、企業努力によるコスト吸収には限界もあるだろう。今後、グリーンフレーションが強まり、企業に価格転嫁の動きが広がれば、家計にも大きな負担がのしかかりそうだ。
高値 来年以降継続も
資源価格の動向について、東レの日覚昭広社長は「2、3年は現在の(高値の)状況が続くのではないか」と話す。グリーンフレーションによる価格への上昇圧力は続くとみているためだ。石油輸出国機構(OPEC)加盟国をはじめとする産油国は、欧米などで新型コロナウイルス禍からの経済回復が進んでも、脱炭素化による化石燃料離れなどを背景に需要の先細りへの警戒感が強く、これが増産見送りや開発投資の絞り込みにつながっている。
一方、資源消費大国の中国が二酸化炭素(CO2)排出量削減のため、石炭生産の絞り込みに動いたことや、石油・石炭から天然ガスへの燃料転換を進めていることもエネルギー価格を押し上げている。
また、銅やアルミニウムといった金属は、太陽光や風力発電向けだけでなく、主要国が購入補助金などで普及を後押しする電気自動車(EV)向けにも需要が増えており、脱炭素化を追い風とするEV市場の拡大で需給が一段と引き締まる可能性がある。
筆者:井田通人(産経新聞経済部)
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2021年12月2日付産経新聞【経済#word】を転載しています